「そんなつもりじゃなかった」
こう言われて、モヤッとしたこと、ありませんか?
こっちは、明らかにその人の行動で困った。
傷ついた、迷惑を被った、損害を受けた。
それを伝えると、相手はこう返してくる。
「そんなつもりじゃなかった」
「悪気はなかった」
「冗談だったのに」
……いや、結果としてこっちは困ってるんだけど?
そうなりますよね。
「そんなつもりじゃなかった」が、自然な場面もある
最初に押さえておきたいことがあります。
本当に不可抗力で、相手を傷つけてしまうことや、迷惑をかけてしまうことは、ありますよね。
予測できない事故。
想定外の受け止め方をされた言葉。
完全に予想外の反応。
こういう場面で「そんなつもりじゃなかった」と言うのは、ごく自然なことです。
本当に意図と結果がズレた、ということです。
こういう人は、困った人じゃありません。
この記事で扱うのは、それとは違う「そんなつもりじゃなかった」です。
本当は予測できたはずなのに、「そんなつもりじゃなかった」と言う人。
ここに、構造的な問題があります。
「そんなつもりじゃなかった」を使う、困った人の2タイプ
困った人の「そんなつもりじゃなかった」、よく見ると2タイプいます。
1つ目は、結果は予測できたけど、バレない前提でやった人。
2つ目は、ここまで大事になるとは想像できなかった、浅はかな人。
両者は、本人の認識が違います。
でも、どちらも「困った人」です。
タイプ1:結果は予測できた、でもバレない前提でやった人
このタイプは、自覚的です。
やる前に、「これをやったら、こうなる」と、ある程度予測できていました。
不倫がバレたら家庭崩壊、横領がバレたら逮捕、暴言を吐けば相手が傷つく。
こういった結果は、当然予測できる範囲です。
それでも、やった。
なぜか。
答えは、「バレないと思ってた」「問題にならないと思ってた」からです。
「相手は気付かないだろう」
「大事にはならないだろう」
「軽く済むだろう」
こういう見立てで、やっている。
そして実際にバレた、問題になった。
その瞬間、「そんなつもりじゃなかった」が出てくる。
これは、言い逃れです。
本当に意図がなかったわけじゃない。
バレた時の保身のために、「意図はなかった」と言ってるだけです。
「バレなければいい」と考える人と、根っこは同じ構造です。
やる時は「バレない」前提、バレた時は「意図はなかった」と逃げる。
責任を引き受ける覚悟が、最初からない。
↓詳しくはこちら↓
>>「バレなければいい」と考える人の思考|なぜ人生が詰むまで気付かないのか?
タイプ2:ここまで大事になるとは想像できなかった、浅はかな人
このタイプは、ちょっと違います。
本人としては、本気で「ここまでとは思わなかった」と感じています。
やる時には、「これくらいなら大丈夫だろう」と軽く考えていた。
でも、結果は想像以上の大事になった。
ここで大事なポイントがあります。
行動の良し悪し自体は、本人も分かっているということです。
「これは良くないかもな」とは、頭のどこかで認識している。
でも、「これくらいなら平気だろう」という浅い見積もりで、よくない行動をとってしまう。
つまり、倫理観がないわけじゃない。
でも、結果の重さを軽く見積もる傾向がある。
これは、思考の機能が浅い人の典型的なパターンです。
因果関係を捉える機能、リスクを見積もる機能、多面的に見る機能。
これらが十分に育っていないから、「ここまでなる」と想像できない。
↓詳しくはこちら↓
>>未熟な大人とは何か|話が通じない、論理が届かない「困った人」の構造
両タイプに、共通すること
タイプ1とタイプ2、本人の認識は違います。
でも、共通することがあります。
1つ目は、行動の良し悪しは、本人も分かっていたということ。
タイプ1は意図的に、タイプ2は浅はかに、よくない行動をとっている。
でも、どちらも「これは良くないこと」とは認識していたはずです。
2つ目は、相手を傷つけた、迷惑をかけた事実は同じということ。
本人の意図がどうであれ、結果として相手は困っている。
その事実は、変わらない。
3つ目は、責任は本人にあるということ。
「意図がなかった」は、責任を免れる理由になりません。
過失でも、不注意でも、責任は発生します。
それが、社会のルールです。
「想像できなかった」は、責任を免れる理由じゃない
「そんなつもりじゃなかった」と言われると、こちらは反論しにくくなります。
「意図がなかった」と言われると、強く責められない空気になる。
でも、よく考えてみてください。
意図の有無で、結果が変わるわけじゃありません。
相手が傷ついた、迷惑を被った、損害を受けた。
この事実は、相手が「意図したかどうか」とは無関係です。
たとえば、不注意で人を怪我させてしまった場合。
「悪気はなかった」と言っても、相手の怪我は治りません。
責任は発生します。
「意図がなかったから許してね」
これは、論理が破綻しています。
そして、こちらが感じるモヤモヤの正体は、まさにここです。
「あなたが気にしすぎ」と言い出したら、もう一段ひどい
「そんなつもりじゃなかった」の発展形に、こんなセリフがあります。
「あなたが気にしすぎだよ」
「冗談を真に受けるなって」
「そんなことで傷つく方がおかしい」
これは、もう一段ひどいです。
「そんなつもりじゃなかった」は、まだ「俺は悪くない」と自分側で完結していました。
でも「あなたが気にしすぎ」になると、相手を責める方向に進んでいます。
自分の行動の責任を回避するだけじゃ足りない。
相手の「感じ方」まで否定して、こっちを悪者にしようとしてくる。
これは完全な他責思考です。
責任を、相手の感受性のせいにすり替えています。
↓詳しくはこちら↓
>>なんでこの人、すぐ被害者みたいなこと言うの?被害者ムーブする人の思考
モヤモヤの正体は、「想像できたよね?」という違和感
「そんなつもりじゃなかった」と言われたとき、こちらが感じるモヤモヤ。
本当のところは、こうです。
「いや、想像できたよね?」
「ここまでとは思わなかった、で済む話?」
「結果が出てる以上、責任はあなたにあるよね?」
こちらは、知っているんです。
本人がやる前に、結果はある程度予測できたはずだ、ということを。
あるいは、軽く考えて行動した結果、こうなった、ということを。
それを「そんなつもりじゃなかった」で済まそうとされる。
だから、消化できないんですよね。
「気にするな」では、このモヤモヤは消えない
こういう場面で、よく言われるアドバイスがあります。
「気にしないほうがいいよ」
「悪気はなかったって言ってるんだから」
言ってる人に悪気はないと思います。
でも、これでスッキリした人は、たぶんいません。
このモヤモヤは、感情の問題じゃないからです。
「気にしない」と決めれば消える種類のものではありません。
本当に消したいなら、感情で蓋をするのではなく、構造として理解するのが効きます。
「あ、この人はバレない前提で動いた結果、責任から逃げてるんだな」
「あ、この人はそもそも結果が想像できない、浅はかな人なんだな」
そう見えると、不可解さがだいぶ消えます。
そして、相手を変えようとする消耗からも、解放されていきます。
こっちの「想像できたよね?」という違和感は、正しかったんです。
ちゃんと、本人が引き受けていない責任を、受け取っていただけです。
こういう人と、どう関わるか
とはいえ、こういう人とも、関わり続けないといけない場面はありますよね。
職場、家族、ご近所。
すぐに距離を取れない相手のときは、関わり方を変えるしかありません。
基本は「戦わない、変えようとしない、自分の課題に集中する」というシンプルな考え方ですが、これを身につけると、こういう人を相手にしたときの消耗が、だいぶ減ります。
↓こういう人との関わり方はこちら↓
>>話が通じない人との関わり方|戦わずに勝つという選択