「いい年して、それ?」
そう思ったこと、ありませんか?
年齢は、立派な大人。
社会に出て、それなりの年数もたっている。
なのに、中身が追いついていない。
やることが、どこか子どもっぽい。
話していても、「この歳でこれか」と感じてしまう。
これ、地味にモヤっとしますよね。
世間では、こういう状態を「未熟」と言います。
ただ、ひとつ引っかかりませんか。
歳はちゃんと取っているのに、なんで中身は幼いままなのか。
「いい年して」が出てくる場面
未熟な人には、分かりやすい場面があります。
自分の非を、認めない。
都合が悪くなると、拗ねる。
気分で、態度が変わる。
思い通りにならないと、人のせいにする。
どれも、子どもならよくある反応です。
問題は、それを”いい大人”がやっていること。
一つひとつは、大したことじゃないかもしれません。
でも、積み重なると「この人、中身が幼いな」に行き着く。
まわりが「いい年して」と感じるのは、このズレのせいです。
年齢は上がる、中身は自動で育たない
ここで、本当の理由に触れておきます。
年齢は、放っておいても上がります。
でも、中身はそうじゃない。
人としての”機能”は、自動では育たないんです。
だから、こういうことが起きます。
年齢だけ大人になって、中身が置いていかれる。
「なんで、そこが育たなかったのか」。
そこには、はっきりした構造があります。
このタイプの根っこは、こちらで詳しく書いています。
↓「未熟」の正体と、その構造はこちら↓
>>未熟な大人とは何か|話が通じない、論理が届かない「困った人」の構造
年齢で、判断しない
未熟な人と向き合うコツは、ひとつです。
「いい大人なんだから、分かるはず」
この期待を、いったん手放すことです。
年齢は、中身の保証になりません。
相手の”歳”ではなく、”中身”を見て付き合う。
そう切り替えるだけで、こっちの「なんで?」はだいぶ減ります。
期待しないぶん、振り回されなくなります。
↓こういう人との関わり方はこちら↓
>>話が通じない人との関わり方|戦わずに勝つという選択